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  待ち合わせ、おしゃれ、変わらず  

「今日はいつもよりちょっと冷え込むわね……」
 待ち合わせ場所となっている、駅前の大きなモミの木の下。待ち人であるメリーは、手袋に包まれた手を擦り合わせながらそう呟く。
 冬が順調に近づいてきているという証なのだろうが、それだけでなく人を待っていて、しかも辺りに誰もいないというのが感情的に寒さを強めている気もする。
 ――なんでこんな時間帯に、屋外の有名な待ち合わせ場所で待たなきゃならないのかしら。
 この場所は普段は人通りが多く、また休日の昼間などなら待ち合わせのカップルで賑わったりするのだが、今の時間は平日の、しかも終電も過ぎているような深夜であり、カップルどころか人っ子一人いない状況となっている。
 とはいえ、そんな状況のためこちらへ来る待ち合わせ相手はよく見え、人の溢れる普段と違ってすぐ合流できるはず……なのだが、一向にその相手が現れる気配はない。
 擦り合わせる手に挟まれた携帯電話の表示する時間は、既に待ち合わせの時間を少し過ぎており、
 ――今日もやっぱり遅刻……か。
「全くもう……」
 毎度のことなので慣れてはいるのだが、それでも思わずため息をついてしまう。重度の遅刻癖のある相棒――宇佐見蓮子は、自ら時間と場所を決めることがほとんどのくせに、必ずと言っていいほど遅刻してくるのだ。
「今頃どこで何をしてるのかな……」
 家で課題でもしていて、まだ全然終わってなかったり夢中になってたりしているのだろうか。この待ち合わせに備えて仮眠でもしていて、寝過ごしちゃったりしているのだろうか。それとも、自分以外の友人たちと遊んでいて、うっかり約束を忘れちゃったりしているのだろうか。
 ――……三つ目の選択肢は少し悲しいわねぇ。
 ただ、散々時間にルーズなところを見せられているので、その可能性も否定出来ないのが事実である。今まで言い訳として三つ目は聞いたことがなかったが、今日は何やら同じ学部の子と色々話していたのを見ていたし、いつもに比べて待ち合わせ時間が遅いので遊んでいるのかなぁと考えてしまう。
 ――どんな子なんだろう。
 思わずそんなことが気になってしまう。講義が終わって教室から蓮子と一緒に出てくるのをよく見かけるのだが、話したことなど無いし、蓮子からその子の話を聞いたことも無い。たまに講義が終わるのを待っていた私の方を見て、蓮子に何やら耳打ちしてからかっているのが見られるくらいだ。そのたびに妙に慌てたように手を振る蓮子とそれを見てニヤニヤと笑っているその子の様子からして、かなり仲は良いように見える。
「はぁ……」
 そこまで考えたところで、月と星の輝く夜空を見上げて大きくため息を吐く。我ながらアホなことを考えているなぁと思いながら。
 どうせ蓮子はいつも通り課題をやっていたか寝過ごしただとかで遅刻しただけで、あの子もおそらくただの友人なのだろう。
 でも、どうも気になってしまう。特にこう待たされていると。待っているからこそ蓮子のことで頭がいっぱいになってしまい、無駄に彼女のことを考えてしまうのだ。
 そのせいで、この待っている時間が嫌いになれない。いや、むしろ好きなのかもしれない。
 ――何故なら、私は蓮子のことを――


「う〜ん、どうもなぁ……」
 下宿先である大学近くのワンルームマンション。姿見に映る自分の姿を見ながら、蓮子はどうも納得の行かない顔でそう悩み続けていた。
 辺りには様々な服やネクタイが散乱し、服選びに難航している様子がうかがえる。
 しかし、散らばる服やネクタイは似たような見た目のものが多く、置かれ方も乱雑で、普段からそのようにおしゃれに気を使っているようには見えない状態だ。
 ――やっぱり慣れないことはするもんじゃないかもなぁ。
 合わせていた服を投げ出し、ベッドへ倒れ込んで大きくため息を吐く蓮子。
 確かに、蓮子はおしゃれに気を使う方ではない。好き嫌いなどはあったりするが基本的には着られればなんでもいいし、化粧なんかもめんどくさいと思って特にせずに過ごしてきた。
 では、今になってなんでこんなことをしているかというと、
 ――あの子が突然あんなこと言い出すから……。

「ねぇ、蓮子も少しはおしゃれしようよ?」
 遡ること本日の大学二限後。講義が終わり、さて行きつけのカフェでいつも通り、メリーと今後の活動会議でもするかと席を立とうとしたところで、隣に座っている同じ学部の友人にそう声をかけられた。
 よく言われることの一つであり、何度言われたかわからないくらいの話題なので、
「そんなのよくわからないから別にいいって何度も言ってるじゃない」
 蓮子は今までの回答と同じく、興味がないという言葉を返す。そして、どうせこの後の相手の話を聞いても興味が持てるとは思わないので、すぐ外で待っているであろうメリーに会うため、そのまま教室を出ていこうとする。
「はは、相変わらずねー。でも、蓮子と一緒にいるメリーちゃんは、おしゃれにかなり気を使ってる感じよね」
 が、待っているメリーを見て発せられた友人の言葉に動きが止まる。
 ――……確かに。
 あまり興味の湧かない自分からしても、メリーはおしゃれだと蓮子は思っている。大学外で二人で会うときなんかは特にそうだ。昼間の繁華街を歩いているときに向けられる視線も、メリーの方に向けられてることが多いように感じられる。
 ――メリーは、おしゃれに無頓着な私のことをどう思ってるのかな?
 先ほどの友人の言葉もあり、ふとそんなことを考えてしまう。
 こうして短くない期間、共にいてくれるのだから、秘封倶楽部の仲間としては良いパートナーと思っていてくれているのだろう。
 しかし、普通の友人としてはどうなのだろうか? こんなおしゃれじゃない自分と人前を歩いていて、あまり良くない思いを抱いているのではないか?
 普段は全く気にしてなかったことが頭の中をグルグルと回り始める。
「ね、ねぇ……」
「ん?」
 気になり始めたら止まらなくなった蓮子は、
「おしゃれって、どうすればいいのよ?」
 友人に思わずそう質問していた。

 ――思えばあれはあの子の策略だったのよね……。
 回想を終えた蓮子は再び大きくため息を吐く。
 質問を聞いた友人は不敵に笑い、今度教えてあげると先延ばしにした上に、今日の課題レポートを自分の分もやることを対価に要求してきたのだ。
 思わず受けてしまったが、今考えればあれは明らかに謀られていたに違いない。
 しかも、その課題レポートのせいで今日のメリーとのサークル活動時間を遅らせることになったり、その活動時の服を決めるのにも悩み始めてしまったりと散々な――
「……あっ!」
 そこで、課題レポートを講師と友人に送った時点で待ち合わせ時間まで少ししかなかったことを思い出し、慌てて窓から星の綺麗な夜空を見上げる。
「〇一時〇三分十五秒。もう過ぎてる……」
 これじゃあ今日もメリーに怒られるな、と蓮子は待ち合わせの度に見ている呆れたメリーの顔を思い浮かべる。そして、星を見て正確な時刻を知ることが出来る私を皮肉るように、遅刻した時間を携帯電話を見ながらわざわざ言ってくる様子も。
「ふふっ」
 でも、そんなしょうがないわねと呆れた顔をしているメリーを見ていると、申し訳ないという気持ちと共に別の気持ちが胸の中に浮かんでしまう。
 それは、おしゃれをしてみた方がいいのかなと思わせた本当の気持ち。
 ――その気持ちとは、私がメリーのことを――


 駅前の大きなモミの木の下。待ち合わせ場所に悠々と現れる遅刻者。
「十二分三十六秒の遅刻ね」
 そして、いつも通りの呆れたような口調で待ち人は遅刻した時間を呟く。
「ごめんごめん、課題が――」
 蓮子は遅れた本当の理由は隠し、課題の方を言い訳しようとするが、
「あら? 今日はちょっといつもと違う感じがするわね」
 携帯電話から目を離してこちらを向いたメリーは何か勘付いたようで、蓮子の服装をチェックし始める。
「き、気のせいよ気のせい。ほら、今日は噂の幽霊屋敷の調査よ!」
「あ、ちょっと待ってよ蓮子!」
 だが、その視線から逃れるように蓮子は歩き出し、慌てたようにメリーが追いかけて今日の秘封倶楽部の活動は始まった。

 それは秘め封じられたものを暴く活動。
 お互い秘め封じた気持ちを持ちながら、それは続けられていく……。





★あとがき
秘封倶楽部合同誌『秘封サナトリウム 〜Ghostly Field Sanatorium』に寄稿させていただいた秘封SSです。
公開OKとのことなのでここにて公開。
秘封合同ということでミステリーとかそういう話が多そうな気がしたので、そちらには行かずウチらしくと純粋に二人の日常をさくっと切り取った上で百合っぽいものを乗せて書いてみました。
もうこの二人さっさとちゅっちゅとかしてしまえw
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