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  くろまくみこの無自覚な日常  

 最初の出会いは、春。
 終わらない冬にはしゃいで、ちょっかいを出した私を落とした霊夢。
 だけど、自業自得な私を助け起こしてくれたその手が暖かくて、優しくて。
 私は、お詫びをしたいと思った。
 霊夢に帰れって言われるまで、神社で家事の手伝いをする。
 そう言うと、霊夢は目を丸くして私をみて、それから苦笑しながらOKを出した。

 それが、今から一月前のこと。

 現在、基本的に家事はすべて私がやっている。思ったよりやることがないので、苦にはならなかった。まず参拝客がこないので、応対する必要がない。ここに来るのは霊夢目当ての妖怪と人間と幽霊とその他諸々だけだった。例外的に、チルノと大妖精だけは半分私目当てでもあったが、それ以外は基本的に霊夢が相手をせざるを得ないので、自然に家事は任せてもらえた。
 やはり一人で維持管理をするのは大変なのか、お客さんを通す居間と台所、寝室にお風呂場といった生活するのに必要な場所はきちんと掃除されているけれど、ほかの場所は適当にやった形跡が残っていた。そういう部分を重点的に掃除しながら毎日三食ご飯の支度をしているだけで、一日はあっという間に過ぎていく。
 霊夢も楽になったからか、帰れと言ってくることはない。
 だんだん夏が近付き、気温が高くなるにつれて、私の戦闘力はゼロに近くなっていった。そうしたら、それまでは私一人で行っていた買い出しに霊夢もついてきてくれるようになって、面倒ではないのかと聞いたら、
「あんたがほかの妖怪に食われるのは寝覚めが悪い」
 って、そっぽを向きながら言われて、その横顔が真っ赤で、こんな幸せでいいんだろうかってくらい、胸が暖かいものでいっぱいになった。



 そうしてさらに二月が過ぎた、初夏。
「れいむ、そーめんできたわよー」
 うだるような暑さの日。
「あついからあとでー」
 いくら苦手な夏とは言っても、所詮人間と妖怪。体力は私のほうがあるらしかった。……もちろん、弾幕ごっこでもすれば負けるのは私の方だが。霊夢は唸りながらごろごろしている。涼しい場所を探しているらしいが、今の神社にそんな場所はない。凪の真昼、停滞する空気は暖まって逃げていかないのだ。
「ほら、食べないともたなくなるわ」
「ううううううう」
 どうやら本気で動きたくないらしい。
 仕方がないので緊急手段である。
「ほら、あーんしてあげるから、たべて」
 おなべとおつゆの鉢を持って霊夢のそばに移動する。
「やー、たべたくないのー」
 子供のように駄々をこねる霊夢。
「はいはい、いいからたべる。動けなくなっちゃうわ」
 ほっぺをつっつきながら言うけれど、起きる様子がない。二段目の緊急手段発動である。
「え……ちょ、れてぃ、どこさわって、や、はは、くすぐったい、くすぐったいってばっ」
 力づくで引っ張り起こすために脇に手を入れたのだが……何故か激しく抵抗してくる。
「ほら、ちゃんとすわって。服汚しちゃうわよ」
 暴れる霊夢を引っ張って無理やり起こす。
「もう、そんなに暴れたらおつゆがこぼれちゃうわ」
「はぁ、はぁ……レティに食べられるかと思った……」
「? 私はおなかすいてないわよ?」
 訳のわからないことを言い出す霊夢。……まさか熱でもあるのだろうか?
「ちょっとごめんね?」
「えっ……!?」
 こつん、とおでことおでこをドッキングさせてみる。
「……むー、ちょっと熱いわ……やっぱり寝てないと駄目ね、ごめんねれいむ」
 ぷしゅー、と何か変な音を立てながらかたかた震えだした霊夢をおふとんに運ぶ。やっぱり体調が悪かったのだろう、悪いことをしたかもしれない。
「れいむ、添い寝したほうがいい?」
 ちょっと思いついて聞いてみたけれど、ぽむ、という音しか返ってこなかったので、私は素麺を一人で食べることにした。

 涼しくなってきた日暮れに、ようやく霊夢が起きだしてきた。
「うぅ、おなかすいた……」
 当然だ、食欲がないと言って朝も昼も食べてないのだから。
「ちょっとまってね、今御夕飯作ってるところだから」
 今日のメニューはウナギさんである。
「まてないー」
 暑さが引いておなかが元気になったのか、ぱたぱたと足を動かしながら催促してくる。
「あとちょっとだからおとなしくしててね、でないと全部あーんして食べさせるから」
「う……」
 この脅し文句は照れ屋さんな霊夢に効果抜群なのだ。拒否されるのはちょっと寂しいけど。
「……おなかすいた」
 うらみがましい視線を背中で感じながら、ご飯を盛りつけていく。
「ほら、できたから一緒に食べましょ」
「はーい」
 ぱたぱたと駆けてきて、重箱を一つ持っていく霊夢。その動作はまるで小動物のようで、抱きしめたくなるのをぐっとこらえた。
「レティはやく、おなかすいたわ」
 それでも律儀に待ってくれるらしい、卓袱台をぽむぽむ叩く霊夢にはいはいと返事をして、向かい側に座る。
「「いただきます」」
 どうやらちゃんと美味しくできているようだ。霊夢のまるでハムスターのようにもぐもぐとごはんをほおばる姿が非常に愛らしい。
 ……何を考えているのだろうか私は。
「れふぃ、ふぉふぁんひははいほ?」
「……せめて口の中のものを全部飲みこんでから喋ったほうがいいわ、れいむ」
「ふぁい」
 もう五秒早く聞かれていたら危なかったかもしれない。きっと、考えていることをそのまま吐き出していただろう。
「んぐんぐ……ごくん。レティ、ご飯いらないの? おいしいよ?」
「れいむほどおなかがすいてないだけよ?」
 霊夢の食べなかった分の朝食昼食を全部食べているのだ、実のところあまりおなかはすいていない。
「じゃあもらっていい? おなかすいちゃって……」
 気づけば、霊夢の分の重箱は空っぽだった。
「いいわよ」
「ほんと!?」
「ただし、全部あーんってして食べさせるけど」
「え……」
 ぴしっ、と固まる霊夢。
「や、やだっ! ちゃんとおとなしくしたのにっ」
「お昼も忠告無視して食べなかった罰よー、そうでないなら私が全部食べちゃうんだから」
「あ、あうううう…………」
 霊夢の頭から煙が噴き出して、それから左右に揺れだした。どうやら恥ずかしさと空腹の天秤が揺れているらしい。ここはもうひと押しか。
「ほーられいむー、ごはんですよー」
 霊夢の目前に一口分のウナギさんと御飯を差し出してみる。
「う、うう〜……!」
 しばらくこらえていた霊夢だけれど、食べ物の誘惑には勝てなかったらしい。ぱくりと食いついて、もぐもぐと咀嚼する。
「……れてぃ、つぎ」
 片言である。あまりの恥ずかしさに言語処理能力が低下しているのだろう。
「はい、あーん」
「あー……んむ」
 はむはむとかみしめる霊夢の表情は、美味しさからくる喜びと恥ずかしさからくる照れ隠しの怒りが混ざり合った何とも言えないものになっている。それが何故かウサギみたいに見えて、かわいくてかわいくて仕方がない。
 ……だから何を考えてるのか、私は。
「れてぃ、つぎ」
「はい、あーん」
「あー……む」
 そんな餌付けが終わるころには、私も霊夢もすっかり茹であがってしまっていた。

 それから一緒にお風呂に入って、霊夢の背中を流して、それから一緒のお布団で眠る。霊夢のおうちにお布団が一組しかなかったからだ。私の体温はちょっとだけど低くできるので、霊夢をぎゅーっと抱きしめながら眠るのが暑い夜の過ごし方になっていた。
 今日も私と霊夢は一緒のお布団に入って、いつも通り霊夢を背中側から抱きしめる。霊夢は寝付きがいいので、お布団に入って五分もしないうちに寝入ってしまう。その無防備な横顔をみながら眠るのが、私の密かな楽しみである。



 そんな日々を送っていたある日のこと。
 紫さんが遊びに来たのだが、何か大事な話があるとかで、私は席をはずすことになった。しばらくはお昼の準備をしたり境内のほうき掛けをしていた私だったけれど、だんだん誘惑に勝てなくなってきて……忍び足で霊夢の部屋に近寄ると、そっと襖をずらして、中をこっそりのぞき込んだ。

「そ、そんなの私認めないわよ!」
 聞こえてきたのはそんな霊夢の怒鳴り声。どうやら口論になっているらしい。
「そんなわがままを言わないでほしいんだけれどね……分かるでしょう? 私が言っていることくらいは」
「そりゃ分かるわよ、けど、何か悪影響が出てるわけでもないのにっ」
 何の話だろう、霊夢があんなに怒るなんて。
「影響が出てからでは遅いのよ、霊夢。本来の動作とは違う動作をするのは、レティ自身にも負荷をかけるのよ?」
「で……でもっ」
「霊夢。私は何も引き離そうと思って言っているんじゃないの。純粋に二人のことを心配して……」
「……やだ」
「霊夢?」
「やだっ!」
「なっ……言ったでしょう、このままじゃ何が起きるか分からないって。あなたは自分のわがままで他人を傷つけてもいいの? 妖怪はあなたが考えているほど強くはないの、このままじゃ取り返しのつかないことになるかもしれないのよ?」
「っ……」
 霊夢の声が止んだ。ふるふると震える体と、しゃくりあげるような声。……泣いている?
「霊夢……」
 そのまま、霊夢は、紫さんの広げた腕の中に飛び込んだ。
「紫っ……ゆかりぃっ」
 すがりついて泣く霊夢を、抱きしめあやす紫さん。その姿があまりにも似合っていて、霊夢が心を許しているのがわかって。
 ずきん、と胸が痛んだ。
 それをみているのがなぜだか辛くて、私はそっとその場を離れた。
 なぜ自分が涙を流しているのか、それさえわからず。

「それでもっ……私もうダメなの、あの娘がいない生活なんて考えられないの!」
「……それでもね、霊夢。あの娘は冬の妖怪なのよ?」
「……でもね、紫。それでも私は、レティを追い返すのは嫌なの……あの娘は大丈夫だって言っているし、自分で自分の行動に責任をとることができない娘ではないもの」
「……霊夢……」
「レティに何かあったらすぐに連絡するから。だから、もう少し様子を見させてほしいの」
「わかったわ……」

 紫と話してから三日が過ぎた。ここ数日、レティは何か考え込んでいるようだ。
「レティ、のど乾いたー」
「…………」
 いつもならぱたぱたと駆けていってお茶の瓶を持ってきてくれるのだが、反応してくれない。
「レティ」
 目の前でパタパタと手を振ってみても、反応はない。
「レティ?」
 ただ、虚空を見つめるその目が妙に悲しそうなのだ。そうして、はぁっと大きなため息をつく。そんな状態が、もう三日も続いていた。私はもう限界だった。レティの行動がおかしくなったのは、どう考えても私と紫があの話をした後からだ。レティが悲しい目をしているのに、これ以上見て見ぬ振りをするのは、耐えられなかった。
「レティ!」
 だから、ぎゅーっと抱きしめた。だって、それが一番、私に元気をくれていたから。
 なのに、びくりと身を竦ませたレティの目から、涙がぽろっとこぼれる。逆に私がびっくりして、思わず手を離してしまう。そうしたら、レティは声もなく泣き始めるのだ。何をしたらいいかわからなくなった私は、もう一度ぎゅっと、力一杯ぎゅっと、レティを抱きしめた。
 ぽろぽろと涙をこぼしつづけるレティが落ち着くまで、ずっと抱きしめ続けた。腕の感覚がなくなるまで、精一杯、ぎゅっと。
 そうしてどれだけの時間が経ったのか。
 レティの嗚咽もおさまってきた頃、レティに聞いてみることにした。
「レティ、何があったの?」
 レティはぷるぷると頭を振るだけだ。また嗚咽が強くなる。
「ねえ、教えてレティ。私は、目の前で泣いてるあんたを放っておけるほど我慢強くできてないの。これ以上私の前で 悲しそうな顔をしてるなら、せめて私にできることをさせて。寂しいならずっと抱きしめててあげる。悲しいなら、その悲しみがおさまるまで、ずっと横で待っててあげる。だから、お願いだから、私にあんたの悩みを教えてほしいの」
 レティは、なにも言わないままぎゅっと身を縮めて、それでも私の話を聞いてくれているようだった。そうしてまた、嗚咽がおさまるまで待って。そして、ようやくレティが口を開いてくれた。
「この前ね、れいむがね、紫さんと話してるのを聞いちゃったの」
 ……やっぱり……
「そんなことない、私は大丈夫だよ、っていいたいのに、気づいたときにはれいむが紫さんに抱きついてて」
「え……」
「私には何にも言う資格なんてないのに、何でかそれが嫌で」
「レティ……」
「紫さんなんかいなくなっちゃえ、って思った自分が嫌で」
「そんなっ」
「自分が逆にいなくなればいいんだって思ったけど、れいむと約束してるから、勝手にいなくなるなんてできなくて」
「……え?」
「隕石でも降ってきて、私自身が消えちゃえたらいいのに、って思って」
「れ、レティ?」
 悲痛な想いが、レティの唇から紡がれていく。
 それは、自ら自分のおなかの中身を引きずり出そうとしているかのようで、痛々しくて見ていられなくて。
「ねえ、れいむ。一言でいいの。私に、帰れ、って言ってくれない? そしたら、今なら途中の森で誰かが……」
「……もう、いいわ」
 レティの口を、手で塞いだ。そんな、レティ自身を傷つけるような言葉を吐くのなら、しゃべる必要なんてない。
「レティ、聞いて。あのときのお話はね……レティが夏に活動してるのはおかしいから、冬まで眠ってもらおう、そういうお話だったの」
 それを聞いて、レティの体がまた縮こまる。
「でもね、そんなのはお断り」
 レティの口を塞ぐ手をゆっくりはずしながら、言い聞かせるように、あやすように言葉を紡ぐ。
「レティがこんなに不安定な娘だとは知らなかったわ」
「だから、私はいない方が……」
「そんな状態の娘を一人にできるわけがないじゃない」
「ふぇ!?」
 絶望にまみれていたレティの顔が、驚きで塗りつぶされる。
「だから、レティは当分私の観察下に置きます。買い物も、お散歩も、お布団も、お風呂も、トイレだって一緒に行ってあげる」
「と……トイレには入らないでー」
 レティは余りに唐突な私の言葉に目を白黒させている。
「ダーメ。何ならさせてあげるわよ、足持ち上げて。さっきのレティ、トイレの中で首吊りそうな顔してたもの」
「そ、そんなこと……」
「そんなこと……あるでしょ?」
「…………うん」
「今日の夜からはレティが抱き枕だからね。後ろからぎゅーってしてあげるんだから」
「……きっと、暑いわ」
「それでも、よ。今日からは、私もレティにしてもらったことしてあげる。レティの好きなご飯作って、あーんってやって食べさせて、背中流して、後ろから抱きしめてあげる」
 今まで恥ずかしいことをしてきたお返しに、だ。
「う、うううう……」
 今日は、レティが煙を出す番だった。
「ほら、熱あるんじゃない?」
「ふ、ふぇ!?」
 そう言って、前にやられたみたいにおでことおでこをドッキングさせた。
 案の定、ぷすぷすと濃い煙を出しながら目を回すレティ。
「添い寝、してあげるわよ」
 そう言って寝室のお布団へ搬送する。レティを横向きに寝かせて、後ろからおもいっきりぎゅーーっと抱きしめてやった。
 ぽむっ、という破裂音がして、力の入っていたレティの体がお布団に沈む。その力の抜けきった体に抱きつきながら、
「私が飽きるまでは放してやらないんだから」
 そうつぶやいて、そのまま、ふかふかなレティの体をお布団に私は意識を手放した。

-終-





★あとがき(代筆:鬼灯ナシカ)
まずは幽明櫻でウチのスペースに来て下さった方はありがとうございますそしてごめんなさい。
ということで、これが全文でございます。
ちなみに結局落丁分の原稿は全く見つかりませんでした。怖いですねぇ。
あ、これが初見の方は、お気になさらずに静樹ってこんな話書くんだなぁと普通に楽しんでいただければ幸いです。
えぇ、まあトラブルがあったのですよ……。幽明櫻で。
とにかく、今後コピ本を作るときはこんなことのないようにより厳重に注意して臨みたいと思うので、今後ともよろしくお願いします
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