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  透き通るは秋の空  

「ふぅ……何やってるんでしょうね」
 活気溢れる人間の里。その商店街を歩きながら小悪魔は溜め息を吐く。
 変身魔法によって羽と尻尾を隠し、手提げ袋を持って歩くその姿はいつも通りの買い物姿。
 だが、足取りは重く、その顔は不安と緊張を滲ませていた。
 ――本当に、何でこんなことになって、こんなことをしてるんでしょうか。


◇◆◇◆◇◆◇


 時は少し遡り、紅魔館地下にある大図書館。
「邪魔するぜ」
 そこへいつものようにドアを勢いよく開け、そしていつものように箒に乗ったまま突っ込んできた魔理沙。
 突入時の台詞までいつも通りな彼女だったが、
「たまには感謝の念をと思って手土産を持ってきたぜ」
 箒から降りると共に言った次の言葉は図書館に衝撃をもたらした。
「……魔理沙、何か悪い物でも食べたの?」
「今日は至って普通の料理しか食べてないぜ」
 驚きからか、ストレートに失礼なことを聞くパチュリー。
 しかし、そのくらいの反応は予想出来ていたのか、魔理沙は普通に返答し、
「まあまあ、私だっていつも借りていってばかりで悪いとは思ってるんだ」
 そう言いながら、パチュリーの近くにいた小悪魔に持っていた風呂敷を渡す。
 受け取った小悪魔は意外とずっしりとした感覚を手に感じながら、慎重に開いていく。
「これは……鍋ですか?」
 出てきた物はどこにでもあるような、金属製の鍋だった。
 一応魔力的な加工はされているらしいが、見た目的には何の変哲もないただの鍋である。
「生活に困らない一通りの魔法をかけただけの鍋だぜ。ちなみに先に言っておくが、中身はキノコ鍋だ」
 中身が疑われると予想したのか、先に中身をバラしておく魔理沙。
「もちろん、毒キノコなんて入ってない」
 更に念を押しておく。
 小悪魔が蓋を開けてみると確かにキノコ鍋であり、美味しそうな匂いが辺りに広がる。
 ――どうやら、本当にただの手土産みたいね。でも、どういう風の吹き回しかしら?
 パチュリーは、とりあえず納得すると共に疑問に思う。
 今まで魔理沙が図書館へ訪れたことは幾度となくあるが、一度も手土産など持ってきたことはない。
 出されたお茶を飲み、ある程度本を読んだり会話したりしたら数冊見繕って盗っていく。
 これが毎度繰り返されてきたことである。感謝の念というには遅すぎるほどに。
 ――なにかしら心情の変化があった? ……まさかね。
 今までの魔理沙を見る限り、彼女はそんなタイプではない気がする。
 とはいえ、特に企みが見えない以上はそうとしか考えられないのも事実である。
 ――まあ、とりあえずは言葉通りに受けとっておきましょう。まさか本当に毒キノコとか入れるわけないでしょうし。
 そう思って本を閉じ、小悪魔に食事の準備をするよう指示を出した。


◇◆◇◆◇◆◇


「……驚きね」
 お椀に装われたキノコ鍋。それを一口食べたパチュリーは思わずそんな言葉を吐いてしまう。
 ――まさかこんなに美味しいとは……。
 勝手なイメージで料理は苦手だと思っていたが、どうやら違うらしい。
 むしろ、咲夜より上手と言えるだろう。
「どうだ。美味いだろ」
「えぇ、とても美味しいわ」
 魔理沙の自慢げな言葉にも素直に頷くしかない。
 ――やはり、偏見はいけないわね。
 偏見は探求の目を曇らせる。そう分かってはいながらも、どうやら捨てきれていなかったらしい。
 それとも、どうしても人間や妖怪に対しては持ってしまうものなのかしら。などと思っていると、
「あら?」
 口に運んだスプーンには何も乗っておらず、金属の味しかしないことに気付く。
 どうやら、いつの間にか全部食べ終えていたらしい。
「ご馳走様。なかなか良い腕だったわ。意外だったけど」
「意外とは失礼だな。私だって料理くらい毎日してるぞ」
 確かに毎日料理を作ってれば嫌でもうまくなりそうだが、咲夜も毎日料理をしているのに差が出ているあたり、やはり料理をしているということ以外に差がある気がする。
 ――まあ、料理なんてする必要のない私には関係ないことね。
 とはいえ、美味しい料理を食べること自体は得であり、
「今後も持ってきてくれると嬉しいわね。それならここに居座る代償にはなるわ」
 このような要求はしたくなってしまうものである。
「実はたまたま作りすぎた分を持ってきただけなんだが……まあ、また作り過ぎたら持ってくるぜ」
 思わぬ好反応に驚いたのか、頬を掻きながら鍋を持ってきた理由を明かす魔理沙。
 やっぱりそんな理由か、とパチュリーは思いながらも、
「期待しないで待ってるわ」
 と声をかけ、側に置いていた本を再び開く。
 そして、図書館はいつもの読書と談笑の世界へ戻っていった。


◇◆◇◆◇◆◇


 ――あんなに美味しそうな顔をしたパチュリー様は久し振りですね。
 パチュリーと魔理沙のやり取りを見ながら、小悪魔はなんともいえない気持ちになっていた。
 ――最後に見たのは……咲夜さんが来る前でしょうか。
 厨房をまともに管理するものが誰もおらず、小悪魔がパチュリーの食事を作っていた頃の話だ。
 図書館内の本で病気には食事こそが効くと読んでから、パチュリーの健康のためにと一生懸命料理を練習した。
 最初はひどい物だった。手は切り傷や火傷だらけ。炭の塊を作り出したことも、お腹の調子が悪くなるようなものを作ったこともあった。
 パチュリーには「私には捨食の術(食事を取らなくても、魔力で補えるようになる魔法)があるからいらないわ」と何度も拒絶されたが、それでも諦めずに練習し続けた。
 ――思えば、パチュリー様が初めて食べてくださったときにも「……驚きね」が第一声だったなぁ。
 ようやく満足出来る物が出来、頼み込んで気に入らなかったら契約を解除するという条件で食べてもらったときのことである。
 驚いた後、「食事がこんなに幸福を感じるものだとは思わなかったわ」と言って、それ以降食べてくれるようになったのだ。
 ――でも、咲夜さんが来てから厨房の管理は一括して行った方が良いということになって。
 それ以降、館内の食事は咲夜率いるメイド隊が行うこととなった。パチュリーの食材選びは未だに小悪魔が担当しているが、調理はメイド隊にまかせっきりになっている。
 それからも、パチュリーはきちんと出された食事は摂っているが、美味しそうな顔をしたことは一度もない気がする。
 ――でも、魔理沙さんは一発でその表情を引き出した。きっと料理が上手なんでしょうね。
 そう思うと共に、強まっていくなんともいえない気持ち。
 なんとなくその正体はわかっていたが、そうとは認めたくない自分がそれを否定する。
 しかし、その気持ちはさらに膨れ上がり、
 ――私が今作れば、きっともっと美味しそうな顔を私に――
 そこまで考えたところで自分が何を考えていたかに気付き、慌てて首を振る。
 ――何を考えているんだろうか私は!
 今回のは一応客人である魔理沙の好意で振舞われたものだ。それと競おうなどという思考は従者として誤った思考である。
 気を引き締めようともう一度強く首を振ろうとするが、
 ――でも、あの表情をもう一度向けてもらうくらいは――
 悪魔の思考が止まらない。いつもは押さえつけてるはずの、欲望に忠実である悪魔の思考が。
 先程見た、パチュリーの美味しそうな顔が脳内から消えない。さっきまでは自分だけのものだった顔が。
 脳を占めていくものは体をも支配していき、
 ――私は
 ――私は……


◇◆◇◆◇◆◇


 その後のことはあまり憶えていない。
 記憶を辿ると、そのまま通常業務をこなした後に、咲夜の元を訪れて今晩のパチュリーの食事は自分に作らせてもらえるように頼み、食材調達のために人間の里へ出てきたようだが、小悪魔にはそれが他人の体験であるようにしか感じられない。
 とはいえ、咲夜にペコペコお辞儀して頼んだことはうっすらと記憶していて、今現在人間の里にいるのでどうやらその記憶は間違いないようである。
 つまり、今晩は小悪魔がパチュリーの食事を作り、今はその買い物をしているということになる。


◇◆◇◆◇◆◇


 ――……何度考えてもやはり同じ答えしか出ませんね。
 本日何度目になるかわからない溜め息を吐きながら、小悪魔はうなだれる。
 「本当に、何でこんなことになって、こんなことをしてるんでしょうか」と考えること何回目か、何度自問しても辿り着くのは良いなどとは決して言えない自答。
 ――つまり、私は悪魔としての本性を表に出してしまい、自分のわがままを通してしまったと。
 再び溜め息を吐きながら、自分に呆れてしまう。
 小悪魔は自分が悪魔であることをあまり良く思っていない。パチュリーの役に立つためには悪魔の力が必要なのはわかっているのだが、欲望に負けやすい体質という点が役に立つのを阻害していると思っているからだ。なので、普段はその体質を自制するように気をつけている。
 だが、先程はうまく自制ができず体質が表に出てしまったらしい。
 そして、思ったとおり体質によってわがままを通してしまい、咲夜に迷惑をかけてしまった。
 小悪魔の直接の主人はパチュリーとはいえ、咲夜の主人はその友人であるレミリア・スカーレットである。許される訳がない。
 ――私は、やっぱりダメな従者ですね。
 咲夜よりも完璧でも忠実でもない。特殊な能力さえ持たない自分はパチュリーの従者としてふさわしいのだろうか?
 ――……このままでは腐ってしまいますね。とりあえず、買い物を済ませましょう。
 それを考え始めると本当にダメになってしまいそうで、とりあえず目先に集中しようと歩き始める。
 キョロキョロと左右に並ぶ店を見て、
 ――さて、今日は何にしましょうか。
 暗鬱な気持ちを振り払うかのように真剣に食材を選び、
 ――栄養バランスを考えると……
 いつもの通りにバランスよく献立を組み立てていく。
 と、ふとその目がとある店で止まる。扱っている商品が良いのでよく利用し、店主とも顔馴染みな店だ。
 その店頭に並んでいるのは、秋の味覚である栗。
 ――今日は自分が作るのだから、季節物として栗御飯なんて……
 『自分が作るのだから』、その語句が再び暗鬱な気持ちを引き寄せる。
 所詮一度落ち込んだ気分がそう簡単に元に戻るはずがなく、思わずまた溜め息を吐きそうになるが、
「嬢ちゃん、何が欲しいんだい?」
 店の奥の方から飛んでくる声に反応し、顔を上げる。
 見ると、店主が草履を履きながらこちらへやってきていた。
「栗御飯用にこの栗を頂こうと思いまして」
 店頭に置いてある栗を指差すと、
「……すまんな。それはもう全部予約が入ってんのよ」
 店主は一瞬考え込むような顔をしてから、残念そうな声で言う。
「え? そうなんですか……」
 予約済みなのになんで店頭に置いてあるんだろうと少し不思議に思ったが、気にしても仕方がない。
 ならば次の店を探そうと思い外へ出ようとすると、
「ちょっと待ちな嬢ちゃん。確かにこの栗は売れないが、お得意さんだからオススメの収穫スポットを教えてやろうか?」
「オススメの収穫スポット?」
「あぁ、この栗もそこで採ったんだが、かなり良質なものが採れるぞ」
 良質なもの。その言葉が小悪魔の足を止めた。
 ――もうどうしようもないなら、せめてパチュリー様には美味しいものを食べさせてあげたい。
「その場所、教えてください!」
「よし、ちょっと待ってろ。今紙に描いてやる」
 店主が描いた地図を持ち、小悪魔は慌てて外に出る。
 暗鬱な気分などなく、早く主人を喜ばせたいという気持ちのみを持って。

「さて、嘘を吐いたのは気が引けるが……」
 客のいなくなった店内、
「元気なさそうだったから、あの景色を見て元気になって欲しいねぇ」
 去っていく背中を見ながら思わず店主はそう呟いていた。


◇◆◇◆◇◆◇


 地図に示されていた場所は妖怪の山と人間の里の境目近く、危険で確かに穴場といえるような場所だった。
 ――とはいえ、この獣道はどうにかなりませんかね……。
 変身魔法を解けていないせいで力も抑えられ、飛ぶことも出来ない小悪魔にとって、この獣道はかなりきつい道のりである。
 だが、諦めるわけにはいかない。わがままを通してしまったのなら、その分パチュリーへ最高の食事を。最高の喜びを。
 それだけを支えに進んでいくと、急に目の前が開けて――
「うわぁ、凄い」
 そこに広がるのは赤と黄の道。
 左にはカエデが、右にはイチョウがまるで道を作るかのように生えていた。
 そしてその先に聳え立つ大きな栗の木。
 まるで栗の木へ導くような赤黄の道は秋の道とでも呼べるようなもので。
 その自然の奇跡に小悪魔はしばらく見とれてしまう。
「……パチュリー様にも見せてあげたいな」
 天狗のような撮影機もなく、絵の才能もない小悪魔にとっては無理な願い。
 しかし、
 ――多少でも『秋』が伝わるのなら……
 生えている木々へ近づいていく小悪魔には小悪魔なりの伝え方があるようだった。


◇◆◇◆◇◆◇


「パチュリー様、お食事です」
「ありがとう」
 厨房から持ってきた料理を、図書館中央のテーブルへ並べていく。
 後は向かい合って座ればいつもの通り食事が始まる、
「ねぇ、こぁ? さっきまでずっと姿が見えなかったけど、どこに行ってたのかしら?」
 はずだった。
「……実はですね」
 とはいえ、そう質問されたら既にここまできた以上、正直に言うしか方法はない。
 もともと、自分から言い出すつもりだったのだから。
「咲夜さんに無理を言ってパチュリー様の食事を作らせて頂いたからです」
 言った。言ってしまった。
「……そう」
 とりあえず、第一声で怒られるということはないらしい。
 声からも不機嫌さは感じられない。
「でも、なんで突然そんなことをしようと思ったの? もっと余裕を持って頼めば、咲夜も困らなかったんじゃない?」
 問題はこの質問だった。
 自分の悪魔という汚点によって引き起こされたもの。決して認めたくないこと。
 でも、
「魔理沙さんが持ってきたキノコ鍋を食べていたときのパチュリー様の美味しそうな顔。あれをもう一度私にも向けて欲しいと思ってしまって。その欲望に対する自分の悪魔を抑えることが出来なくて行動に走ってしまったんです!」
 それでも答える。自らのあまりのみじめさに涙を滲ませながらでも。
 俯いて、涙を堪えてパチュリーの反応を待つ。
「………………」
 パチュリーは無言で椅子から立ち上がり、小悪魔へと近づいていく。
 そして、
「ねぇ、こぁ」
 小悪魔を抱きしめながら訊ねる。
「あなたは自分が悪魔であることに、欲望に忠実になってしまうことにあまりいい感情を抱いてないわね?」
「え? あ……はい」
 パチュリーの意外な行動に驚き、反射的に本音を言ってしまう。
「でもね、こぁ。欲望に忠実になってしまうのは人間も妖怪も同じ。所詮はそこからどれだけ自制できるかというだけの違いよ。そして、あなたは召喚されてから今回初めてわがままを通した。それだけ自制が出来るなら、それは当たり前で普通のことなのよ」
「でも、私は従者で――」
「こぁ、あなたはもう少しわがままになっていいと思うわ。従者が確実に従うべきなのは主人が危険なとき。それ以外は多少のわがままは許されるのよ。咲夜だってそうなんだから」
「もっと……わがままに?」
「そうよ。もちろん、わがまま過ぎるのは困るけれど」
 なら、もしそれが許されるなら――
「私の作った料理を食べてくださいませんか?」
「……もちろんよ」


◇◆◇◆◇◆◇


「やっぱりこぁの作る料理は美味しいわね。正直咲夜とは比べ物にならないわ」
「そんなことないですよ。いつものは咲夜さんだけでなく、メイド隊が作ってるわけですし」
 テーブルに向かい合って座りながら、談笑するパチュリーと小悪魔。
 小悪魔にはもう陰鬱な雰囲気などなく、赤い目を除けばいつもの小悪魔に戻っていた。
「そういえば、パチュリー様。実はもう一品用意してあるんです」
「あら、そうなの? いつもはこのくらいの量しか出てこなかったはずだけど」
 椅子から立ち上がり、入り口付近にある小机に乗っていたお盆を持ち上げる。
「秋を感じてもらおうと思いまして、秋の味覚を使って作ったんです」
 そういって、パチュリーの前へと置かれたお盆の上には、
「栗御飯と、左にカエデ、右にイチョウの葉が置いてあるわね。栗御飯はわかるけれどこの葉は何?」
「実はですね、この栗を採った場所には――」

 ――それは秋の道。
 ――秋の空をも透き通らせる、鮮やかな道。

-終-





★あとがき
なんとなくこぁに嫉妬させてみたくて書いてみました。
とはいえ、本当に突発的にそう思って書いたため、夏馬鹿とは二人の性格が違ってしまった気が……orz
ちなみに、小悪魔は料理が出来るという案をくれたのは友人です。せんきゅー。
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